最高裁判所第一小法廷 昭和39年(オ)143号 判決 1966年10月27日
上告人
中川茂男
右訴訟代理人
柳沢義男
末政憲一
被上告人
森田弘
右訴訟代理人
望月三男也
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人柳沢義男、同末政憲一の上告理由第一点について。
記録によれば、原審においては、上告人は第一回ないし第五回の弁論期日に出頭して第一審の口頭弁論の結果を陳述し、証拠調がなされ、攻撃防禦の方法をつくしていることが認められる。かかる訴訟の経過にかんがみれば、上告人がいわゆる本人訴訟として訴訟を遂行している場合であつても、原審が上告人に対し所論の準備書面の陳述および所論の書証について、証拠の申出を求め所論の釈明をしなかつたからといつて、所論のような審理不尽または釈明権不行使の違反があるとはいえない。論旨は採用できない。
同第二、三点について。
原判決がその挙示の証拠関係のもとに適法に認定した事実関係に徴すれば、本件賃貸借を一時使用の目的のためであつたと判示した原判決の判断は、是認できないことはなく、原判決には所論違法は認められない。所論は、結局、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実認定を非難するに帰し、採用できない。
同第四点について。
本件賃貸借は一時使用の目的のため設定されたものである旨の前記原審の認定判断のもとにおいては、右賃貸借の賃料については、地代家賃統制令二三条二項一号の規定により、同令の適用を受くべきものではないから、同令を適用しなかつた原判決には所論違法はなく、論旨は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(長部謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田誠)
第二審判決理由
一、被控訴人が昭和二八年八月二六日その所有の本件家屋を控訴人に賃貸したことは当事者間に争がない。しかし成立に争のない甲第一号証(貸借契約書)の記載によれば、右の賃貸借の際、本件家屋の敷地たる二七四坪の宅地及びその上に存する倉庫、立木その他の諸施設(但し倉庫は被控訴人の使用を原則とされた)も本件家屋と共に賃貸借の目的物件とされたことが明らかであつて、<証拠>中賃貸の目的物は家屋だけであるとの供述部分は採用できない。控訴人は右敷地を建物所有の目的で賃借した旨主張し、原審及び当審証人中川八重子はこれに添う供述をしている。しかし前示甲第一号証の契約書に何らその旨の記載が為されていないこと並びに本件賃貸借の締結されたのは後示認定の如き事情によるものであつて、被控訴人において控訴人が右敷地上に建物を建築所有することを許容したとは到底考えられないことに鑑みると、中川証人の右供述は措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。右に挙示の事実からすれば、前記宅地を甲第一号証において賃貸借の目的物件の中に加えているのは、その地積が本件家屋の建坪に比較し相当に広い関係上本件家屋の借主となる控訴人において前記宅地の全部を本件家屋の敷地として附随的に使用できることを明らかにする趣旨であつたものと推認するを相当とする。さて、前示甲第一号証の記載によれば、本件賃貸借(本件家屋のみならずその敷地たる前記宅地等をも含めて目的物件とされた前示の賃貸借をいう。以下本件賃貸借という場合はこの趣旨に用いる)締結の際賃貸借の存続期間については、「昭和二八年八月二六日から昭和三〇年八月二五日までの二ケ年とする。但し被控訴人の都合により契約有効期間内に控訴人に対し立退きを要求しようとするとき、または控訴人の都合により契約期限前に借受権を放棄しようとするときは、それぞれ被控訴人は要求日の一ケ月以前に控訴人は立退き予定日の二ケ月以上前にその旨を相手方に通報することを要する。」「被控訴人又は控訴人の要求によりて又は被控訴人が了承したる場合は本契約の…………期限につき変更又は延長することが出来る。」と定められ、賃料については一ケ月金五、〇〇〇円、前月の末日までに支払うこととされ、なお控訴人から被控訴人に対し敷金として金三万円預託することとされたことが認められる。被控訴人は、本件賃貸借の存続期間については、口頭を以つて、国家公務員である被控訴人が本件家屋から通勤できる土地に転勤して来た場合は契約書の存続期間の定めにかかわらず被控訴人において本件賃貸借を一方的に解約できる旨の特約があつたものであり、本件賃貸借は本来貸借物件の一時使用を目的としたものであると主張する。よつて案ずるに、原審及び当審における証人足立幸子及び被控訴人本人の各供述並びに前示甲第一号証に賃貸借存続期間につき前認定の如くに定められていること並びに弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は農林省勤務の国家公務員であつて昭和二七年六月まで東京の本省に勤務し、郷里である沼津市の本件家屋から東京へ通勤していたが、そのころ徳島市所在の農林省徳島食糧事務所に転勤になり、本件家屋が空屋になつたのでこれを裁判所に勤務する某に賃貸したところその某も昭和二八年三月に転勤したため本件家屋は再び空屋になつたこと、それで被控訴人はその実姉である足立幸子に頼んで本件家屋の借手を物色してもらつたところ、幸子の女学校時代の友人である控訴人の母中川八重子から、本件家屋は環境が静かで控訴人の祖母の静養ないし控訴人の弟の勉強にも都合がよいから借りたいとの申出があつたのでこれを控訴人に貸すことにしたこと、しかし被控訴人としては近い将来において再び本件家屋から通勤できる土地に転勤して来ることを希望し且つその実現を予想していたのでその場合に備えて控訴人との間に本件賃貸借を締結するに当りその存続期間につき契約書で前認定の如くに定めたものであつて、右存続期間の定めに謂う「被控訴人の都合により云々」の特約は被控訴人が本件家屋から通勤できる土地に転勤して来た場合を予想して為されたものであること、控訴人を代理して本件賃貸借締結の衝に当つた前記中川八重子は足立幸子ないし被控訴人から被控訴人に存する前叙のような事情を聴いてこれを了解し、契約書所定の存続期間の定めにいう「被控訴人の都合により云々」の特約が被控訴人の前示希望実現の場合に備えて為されたものであることかを充分に了解していたこと、以上のとおり認められる。原審及び当審証人中川八重子の供述中右認定に反する部分は右認定に供した前顕の証拠に照らし指信できず、他に右認定の妨げとなる証拠はない。以上認定の事実によれば、本件賃貸借は近い将来被控訴人が本件家屋から通勤し得る地に転勤して来るまでとの意味で一時使用を目的としたものであることは明らかである。従つて本件賃貸借には借家法の適用がないと謂うべきである。なお、本件賃貸借には借地法の適用もないこと勿論であるが、それは既に認定した如く本件家屋敷地たる前記宅地が建物所有の目的で賃貸借されたものではないからである。
二、そこで進んで被控訴人の控訴人による本件家屋の無断転貸を理由とする本件賃貸借解除の主張について考察する。<証拠>によれば、控訴人は昭和三五年一二月ころ阪東増次郎を同人の妻しん及び同人らの長女と共に本件家屋に入居させた事実が認められるが、右証拠によれば、右しんは前記八重子の実姉即ち控訴人の伯母であつて当時控訴人の家業である土産物店やパチンコ店の仕事を手伝つていたものであり控訴人は増次郎から本件家屋の賃料を受取つたこともなければ同人に本件家屋の電灯代やガス代を負担させたことすらなく、同人を本件家屋に入居させたのは純然たる留守番としてであつたこと認められる(因みに増次郎らの長女はその後死亡し、増次郎夫婦は昭和三六年七月には本件家屋を引き払つて東京に引越したことが認められる。)従つて控訴人が増次郎を本件家屋に入居させた事実を目して控訴人が同人に本件家屋を転貸したものとみることはできない。従つて右主張事実を前提とする被控訴人の家屋明渡の一次請求は理由なしと謂うべきである。
三、次に被控訴人の家屋明渡の二次的請求について判断する。
原審及び当審における被控訴人本人の供述によれば、被控訴人は昭和三四年七月農林省静岡食糧事務所長に任せられて静岡市に即ち本件家屋から通勤可能の土地に転勤してきたこと並びに被控訴人は翌昭和三五年初め頃控訴人に対し本件家屋の返還を求めたことがそれぞれ認められる。被控訴人による右の返還請求は本件賃貸借契約解約の申人とみることができるが、本件賃貸借契約の当初に定められた賃貸借期間の終期たる昭和三〇年八月二五日の経過後は本件賃貸借は、期間の定めのないものとして、また、右契約の当初における立退要求に関する前叙の如き約定に鑑み、被控訴人が解約の申入をしたときはそれから一ケ月の経過で賃貸借は終了するものとして更新され存続してきたものと認めるを相当とするから被控訴人の為した前記解約の申入は有効であり、その後一ケ月の経過によつて本件賃借は終了したものといわなければならない。されば控訴人は被控訴人に対し本件家屋を含む本件賃貸借の目的物件を返済する義務があり、従つて被控訴人の本件家屋明渡請求はこれを正当として認容すべきである。
四、次に被控訴人の損害金請求についてであるが、前叙認定の事実によれば、少くとも昭和三六年一月末日以前に本件賃貸借が終了していたことは明らかであるから控訴人は被控訴人に対し昭和三六年二月一日以降本件家屋明渡済に至るまで賃料相当の一ケ月金五、〇〇〇円の割合の損害金を支払う義務のあることを明らかであり被控訴人の右損害金請求もこれを正当として認容すべきである。